ヴェゼルで瑠璃光寺に行ってみた

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山口市にある

国宝 瑠璃光寺

に行ってきました。

1.瑠璃光寺五重塔

全国に現存する五重塔のうちで10番目に古く、美しさは日本三名塔の一つに数えられ、室町中期における最も秀でた建造物と評されています。ちなみに、日本三名塔の他2基は、奈良県の法隆寺と京都府の醍醐寺にある五重塔です。また、檜皮葺屋根造りのものは瑠璃光寺の他に、奈良県の室生寺と長谷寺、そして広島県の厳島神社にもあります。

<御朱印>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2.洞春寺

山口は14世紀中頃から約200年間、戦国大名の雄として中国地方に割拠した大内氏の本拠地で、西の京と謳われるほど栄え、今尚大内文化の面影を色濃く残す街である。その中でも特に多くの文化遺産が見事に集積されたゾーンの中心をなす臨済宗の巨刹が洞春寺である。
洞春寺は大内氏滅亡後、それに代って君臨した毛利氏の初代藩公・三矢の訓で有名な毛利元就の菩提寺として、元亀3年(1572年)元就の孫・輝元が、安芸の国吉田の城内に開基したのが始まりで、開山は傑僧として知られる嘯岳鼎虎(しょうがくていこ)禅師。
関が原の没後、慶長8年に毛利家に従って山口に、次いで慶長11年萩城内に移り、維新に際し明治2年再び山口に移って現在に及んでいます。
常に藩政と共に転生し、毛利家代々の栄枯盛衰を偲んできたのが当寺の特徴といえましょう。
晩年の元就は、戦乱に果てた敵味方の兵士の英霊を供養するため法華経1000部を読誦しました。以来、この法要は欠かせず続けられています。読誦の方法は独特なもので、俗に長州法華と呼ばれています。

<マル住職>

洞春寺は

中国観音霊場第十六番札所なのですが、

こちらには、

京都の南禅寺で修行を積んだ

紀州犬のマル住職がいらっしゃいます。

住職さんのお話では、

マル住職に噛まれて

病院送りになった方が2名もいたとか。。。

ただし、

この日は縁側で爆睡していらっしゃいました。

<御朱印>

3.常栄寺雪舟庭

庭園は、今から約500年前、妙喜寺の時代に、大内政弘が別荘として、画僧雪舟に築庭させたものと伝えられ、現在国の史跡及び名勝に指定されています。庭園は本堂の北面にあり、内庭は約30アールの広さで、東、西、北の三方が山林となっています。近年この山林も指定地域に含まれました。

庭に使用されている石材はこの近くの山から運搬したものと言われる輝岩です。庭は北側に滝を掛け、中央には無染池(心字池)を設け、その周囲には庭石を豊かに配しています。石は室町時代の特色となっている立石が多く使用されています。庭の上方に小高い丘陵がありそこに四明池、弁天池の水源があります。弁天池の水は一つは潜竜池に流れ入って洗耳渓から無染池に注ぎ、また一つは坐禅石の脇を通って池に入ります。北側の滝は下部を五渡渓、上部を揚雲渓と称していますが、四明池はその上にあります。この滝は現在水が流れず、枯滝といっていますが、最初は水が流れていたと思われます。滝の石組みは立派でよく室町時代の特色がでています。

池中には四仙島と称される四つの島が浮かんでいます。東池畔には仏石と呼ばれる霊象石と投形石を組み合わせた大石があり、西北側には十六羅漢と名付けられている岩組や、坐禅石と呼ばれる石があります。南方の本堂正面には中央に日本を象徴した富嶽と称する石を置き、前方には終南山、五台山、廬山、華山、衡山、百丈山などと呼ばれる中国大陸の三山五嶽になぞらえた石組みがあります。これは雪舟が中国大陸の風景から得た構想と伝えられています。

<御朱印>

4.おまけ

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